
鈴鹿東コース大改修終了
1962年9月の完成から、47年、日本初の国際レーシングコースとして誕生し、歴史と伝統をもつ「鈴鹿サーキット」が、「伝統あるファンタスティックなコース形状を活かしながらも、見る人・走る人・運営する人にとって、安心・安全でワクワクする世界有数のサーキット」をコンセプトに改修工事が施され、近代のサーキットへと生まれ変わりました。鈴鹿サーキットの歴史をふり返りつつ、生まれ変わった鈴鹿サーキットの模様をお伝えいたします。
鈴鹿サーキットの建設計画は、日本にまだ本格的なレーシングコースがない時代であるどころか、高速道路すら開通していない時代にスタートした。
名神高速全線開通が、1965年。東名高速の全線開通が1969年。富士スピードウェイのオープンが1966年。ホンダは1960年8月、建設候補地として挙げられた、浜松、水戸、浅間、鈴鹿、亀山、土山から、最終的に鈴鹿を建設地と決定。1961年から本格的な工事を始め、1962年9月、全長6004m、1万人収容のメインスタンド、立体交差を持つ鈴鹿サーキットが誕生した。
サーキット建設地を鈴鹿に決定した一週間後のコース図原案には、立体交差が3箇所もある、現在の姿と異なる大胆な案がありました。この案を持って1960年の暮れにヨーロッパへと視察に向かったサーキットプロジェクトチームは、最終的にオランダのザンダフォールト・サーキットの支配人でもあり、アッセン、ホッケンハイム・リンクなどのコース改修を担当した、当時ヨーロッパのコース設計の権威であった、ジョン・フーゲンホルツ氏に設計を依頼し帰国。
翌1961年1月、ジョン・フーゲンホルツ氏は、原案のコースレイアウトを踏襲しつつ、1コーナー先を現在の形に近いものにする修正案を出し、コース以外の付帯設備の配置、機能、観客の導線などの設計案を提出。その後様々な調整を経て、コースレイアウトの最終案の完成は1962年1月のこととなった。そして1962年9月、ついに日本初の国際レーシングコース「鈴鹿サーキット」が完成。
その後、幾多ものコース改修、改良を行い、1987年にはF1グランプリを開催。現在のF1ドライバーの多くがレースで訪れた南コースは、1989年7月に営業を開始。日本のモータースポーツの中心地として存在し続けた鈴鹿サーキットは、200億を投じた過去最大の改修工事を終え、生まれ変わった姿を見せてくれることとなりました。その姿は、もはやサーキットという枠を超えた、ひとつの建造物であり、商業施設と言えるでしょう。
鈴鹿改修レポート2
今回の改修では、コースレイアウトの変更はありませんが、1コーナー、逆バンクイン側のランオフエリアを拡幅。2コーナーアウト側のランオフエリアは舗装とグラベルで構成されることとなったため、走行するときのイメージは、随分変ることでしょう。スタート直後などでも、コースオフ即終了とはならず、復帰も可能となります。
東コースにはサービスロードも設置され、スムースな保安救護活動が可能に。クラッシュなどのときに、安全に現場にかけつけられるのは、安心感に繋がる部分ですね。


コースを訪れて、最も印象が変ったのは改修の一番の目玉となる観戦、イベントエリアの快適性向上部分。
グランドスタンドは1900席増え、大屋根を設置。全席ドリンクホルダーのある個別シートに変更。エントランス部分には飲食エリアがあり、野球スタジアムのようにいつでもドリンクやフードの購入が可能。
大屋根が設置されたことで、2005年に設置されたVIPスイートとの建築物としてのバランスもスッキリとしたものになった。
ピットロード出口に設置された、27.5mのリーダータワーは見やすく、第1、2コーナー席、最終コーナー席からも、順位の確認などに役立つ。このリーダータワーは、サーキットの外の通りからも視認できるくらい存在感がある。
ピットビルは従来よりも100m長くなり、3階建てに。屋上には大型ビジョンを3基設置。グランドスタンドのどこからでも、そして反対側のS字、逆バンクコーナー観客席からも情報を得ることが可能に。
ピットビル2階はホスピタリティラウンジ。ホスピタリティルームが11室用設置され、各部屋にはピットレーンに張り出した屋外テラス席が100席ずつ用意されている。
レースを観るなら、ここで観たいですよね。優雅な気分で、社交場としてのレース、サーキットを堪能できる席です。真下はピットですから、タイヤ交換の様子をすぐ近くで観れます。F1なんかだと・・・50万円くらいの席となるのでしょうか?
ホスピタリティラウンジは、車輌の搬入も可能で広さも十分あり、例えば新車発表会や結婚式、ファッションショー等様々なイベント会場として利用できます。駐車場も十分な台数があり、サーキットという独特な雰囲気のあるこのスペースで、今までとは違う演出のイベントを開催するのも良いかと思います。
グランドスタンド手前のGPスクエアは拡張され、広大なフラットスペースとなりました。
ここで特設カートコースが作れるなというくらい広く、この場所も様々なイベントスペースとしても利用が可能。
レース時のGPスクエアから観客席への移動通路も新設され、第1コーナー側への移動がスムースに。またGPスクエアからパドックエリアへ通じるトンネルも新設され、明るく、広く、エスカレーター、エレベーターも設置されたものに。
GPスクエアから逆バンク方面へと通じるトンネルも新設。観戦するだけではなく、同時に開催される様々なイベントを快適に楽しめるようになりました。
逆バンク、ダンロップエリア、立体交差エリア、そしてシケインスタンド上部に常設席を新設。観客席の存在感がコース全体的に増しています。近代的サーキットのスッキリした雰囲気になっています。

PART3
自由席のブルーシートを敷いての場所取りは、いただけませんが、自由席の丘に観客が所狭しと詰まった雰囲気というのも、個人的には、いいものがあるとも思います。
そうした風情が無くなるのも少々寂しい気もいたしますが、これも時代の流れであり、ビッグイベントを開催するコースとしては、必需となるものでしょう。
観客で埋まってないと、逆に寂しい光景にもなってしまいますが・・・



ピットボックスは、間仕切りが可動させることで約109㎡から約437㎡へ拡張可能。サインエリア、ピットガレージ、チームオフィス間でLAN環境を構築。
ピットビルの最終コーナー側にコントロールタワー。監視カメラ、モニター等の最新AV設備はコントロールルームで集中管理されます。
コントロールルームの雰囲気は、さすが最新のサーキットという感じ。
F1を開催するコースには、これくらいの設備が要求されるわけですが、そのF1でも競技中のトラブルの裁定等にはドタバタを見せたりしますので、最新の設備の次は、運営する側の人間のバージョンアップが求められていくのでしょう。
メディアセンターは1.3倍の広さとなり、100V、200V、電話、LANアウトレットを完備したワークデスクが400名分設置。
プレス用のコミュニケーションルームも新設されました。
ブリーフィングルームも数多く、様々なサイズのものが設置され、多目的なミーティングスペースとして活用できる場所に。各部屋にはモニターもあり、ロッカーも設置された部屋や、ソファー、デスクも設置された、ちょっとした社長室のような部屋もあります。
今まで第1コーナー側にあったメディカルセンターは最終コーナー側に新築。最新の医療設備が用意され、すぐ外はヘリポートとなっているため、迅速な医療対応が可能。通常、ケガをしたということがなければ、あまり利用することのない部分ですが、こうした設備が用意されているのといないのとでは、施設としては雲泥の差が出る部分です。いくら安全面に配慮をしたところで、危険と隣り合わせのスポーツですから、これくらいの設備があるというのは、安心感に繋がります。
パドックエリアも大きく変った部分。
山田池が埋め立てられ、パドックスペースは1.2倍に拡張され、駐車スペースは100台分増設。山田池は150年も前からあった人造池で、元々この地にあったものだったのですね。今回の改修工事で地元住民にもご理解をいただいて、埋め立てを行ったそうです。
1階に「SUZUKA-ZE」と命名されたパドックレストランを備えたセンターハウスを設置。パドックレストランの客席数は200席。100名規模のパーティーも開催可能。2階はエントランスホール(360㎡)このセンターハウスも、多目的なイベントが開催できる場所。
各々約40㎡の広さのチームオフィスが39室新設。間仕切りを移動させ、3室を1室(約120㎡)として利用することも可能。従来よりのチームオフィス14室から最大53室へと大幅増加されました。
レースによっては、観客にとって直接関係しない部分となることもあるパドックエリアですが、けっこう観客席からも見える部分であり、ここが最新の形となったのは観客にとっても随分イメージが変る部分。観戦の際には、こうした裏側も堪能できれば、楽しみ方も広がるのではないかと思います。

以上、ざっと生まれ変わった鈴鹿サーキットのご紹介をさせていただきましたが、このサイトをご覧になる皆様にとって、一番関連のあるのは、南コースとなるでしょう。
今回の改修では、諸事情もあったのでしょうが、南コースには何も変更がありませんでした。日本が誇る、国際レーシングコースとして、最先端に立つ鈴鹿サーキットですから、
次はぜひ、南コースも最新の国際レーシングコースに生まれ変わることを、個人的願望も含めて祈っております。
伝統と格式のある施設が、新しくなるときに、格式が損なわれた施設となる失敗例がときにありますが、鈴鹿サーキットは、伝統も格式も損なうことなく生まれ変わり、桜が美しく咲き誇る2009年4月、オープンいたしました。
morimori 森博之













